バングラデシュと日本のつながりに助けられました2

バングラデシュと日本のつながりに助けられました2

 

「ダッカの情勢が今までにないぐらい危ない」
「JICAの人も退散した」

というのを東大生だという日本人の女の子に早口で言われて、
「だからちょっと待って!」
とダッカから長距離バスに乗ろうとしていたところを止められました。

 

その日本人の学生さんは電話をして誰かを呼んでいます。
他のバスから降りてきて、学生さん(タカミさんと言った)
の前に来た初老のバングラデシュ人の男性に対し、
「先生、お願いしますね!」
と言ってタカミさんは他のバスに乗って行ってしまいました。

 

私が向かう方向と反対に向かうバスに乗り込んでいった学生さん。
ということは、わざわざいったん降りて
私に声をかけてくれたということでしょうか。

 

いまいち状況が把握できず、先生と言われた人も何やら
真剣な、難しい顔をしています。

 

「とりあえずバスに乗ろう」と言われました。

 

今はバングラデシュはストライキだらけで、
銃声まで聞こえるのだとその先生は話しました。
おいおいおい・・・です。

 

その初老のバングラデシュのおじさんは
ダッカ大学でエコノミーを教えていて、
新潟大学でも何度か教えたことがあるらしく、
タカミさんとは日本で出会ったのだ、と話しました。

 

タカミさんのお父さんが10年程前にバングラデシュに
JICAの一員として来ていたそうです。
そのこともあって彼女はよくバングラデシュに来るそうで、
通りで彼女からはこの国に慣れた、
現地の人の匂いすら感じられたわけです。

 

ここから私はこの先生にもの凄くお世話になることになりました。

 

なんと訪れようと思っていた町には先生の実家がありました。
先生が持つマンゴー樹園の様子を見るのと
甥っ子のところで家族みんなで食事をするために
月に一度帰るのだと先生は言いました。

私はその月に一度の機会に先生とお会いしたんです。

 

その晩彼の家の広いベッドを一人で使わせてもらい、
ご飯はおいっこさん家族のところでみんなで食べました。

 

次の日私が訪れたかった所へ
彼の家族みんなで車で行くことになりました。
そして彼の田舎にも連れていってもらい、
沢山の親戚と会い、たくさんのご飯をいただきました。

 

なんてタイミングで、
なんて良い人に拾っていただいたのでしょうか・・・。

 

ただただ感謝しっぱなしで、ここでも日本とバングラデシュの
縁を感じられずにはいられませんでした。

 

先生は奥さんを3ヶ月前に亡くしていました。
メッカに行き、奥さんは突然そこで亡くなった、と。
それでも彼はアッラーに祈ることを欠かしません。

 

彼は今裕福で、実家では沢山の親類に囲まれて楽しそうに話をします。
人々から尊敬され人々の笑いをとる彼。

 

でも出会った時の、眉間にしわのある表情をよく覚えています。
話し方はのんびりとしたおじいさんのようで、
マンゴービジネスも本業の教師も忙しいのでしょうが、
家族とのつながりもしっかりある。

 

その眉間のしわがなくなり私と話すときも冗談ばかり話し
笑うようになった彼にはやはりただただ感謝を。

 

この国を旅がしやすい、と感じるのは
おそらく彼らがウソをつかないから。

 

インドでは人々は「NO」や「知らない」などを言いません。
いつも人によってバラバラの答えが返ってきます。
力になりたくてNOと言わず何か知っているようなことを言うのですが、
それだとあまり親切にはなりませんね。

 

バングラデシュではしっかり知っている人が助けてくれます。
そうでなかったら声すらかかりません。

 

1億4千万人分の1が嘘でない知識を持って助けてくれることもあるのです。
本当にありがたいと思います。

 

バングラデシュ人には付いていっても大丈夫、
と思わせる実直さを感じることがあります。

 

写真は彼の実家がある「プティア」周辺で。
ベンガルスタイルのテラコッタが可愛らしい寺院群がある町です。
女の子が着ている浴衣はタカミさんからのプレゼントとのこと。

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バングラデシュと日本のつながりに助けられました

容赦なく笑かしてくるメキシコ一の国立人類学博物館

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